土鍋スタジアム

なんでもないです、お粗末様でした

かゆうみ

 前回の記事からほぼ一か月くらい経ってしまったらしい。三日坊主どころの騒ぎではないのではないか。

 ちなみに、当時悩まされていた課題は無事、全部締め切り内に納めることができ、そのためか成績も上々であった。こういう成功体験がさらに怠惰を加速させるのだなと思う。 

 

手指の治安がガチでヤバイ

 ところで、課題が消えた次に最近主に悩まされていることがある。手のひらや指の治安がとんでもなく悪いのだ。

 元々、小中の頃はアトピー性皮膚炎に悩まされていたため、皮膚自体強くない自覚はあったのだが、今回の手荒れは経験したことのないタイプのものであり、非常に困っている。まず見た目からしてえぐいし、痛いし、手指が曲げづらくて生きづらい。

症状

 まず手指が全体かつ慢性的にかゆかった。水疱も認められたが、ここまではアトピー性皮膚炎に苦しんでいた時によく経験していたため、私の経験知識の範疇である。

 しかし、かゆみが落ち着くと次第に発疹のような、マメのようなブツブツが現れ、該当する皮膚が紅潮した。それからすぐにそのマメは膿を持ったものに変わったのだ。

 膿はぽっこりと手のひらや指の節々に点在しており、異常な質量と皮膚の硬化を伴うためか指を曲げるのも鈍く痛みがある。しかも手を握ったり閉じたりしているとマメが潰れるらしく、常に膿やリンパ液のようなものが傷口(マメが潰れぽっかり穴があいた跡)から滲みだしている始末。

 見た目が非常に悪いのもさることながら、何かを持つことや握ることにすら若干の痛みと違和を感じることが非常に生活に支障をきたしている。

原因と疾患の考察

 アルバイトの業務内容や最近の衛生事情から、洗剤やアルコール、いわゆる塩素系消毒液に触れる機会が多く、肌荒れすることは必至である。なんならここ半年はずっとカサついていたと思う。

 しかしながら膿を持った斑点のようなものが手指に多くできたことは、未だかつてない。流石に焦っていろいろ自分で調べたところ、掌蹠膿疱症(しょうせきのうほうしょう)という疾患なのではないかと至った。

 

www.dermatol.or.jp

皮疹は小さな水ぶくれ(水疱)が生じ、次第に膿疱に変化します。

 思い当たる節しかないぞ。

掌蹠膿疱症の患者さんのうち、約80%の人が喫煙者です。禁煙しても、多くの場合掌蹠膿疱症が治ることはありませんが、この際ですから、健康を考え禁煙あるいは節煙してはどうでしょうか。

 さらに言えばこの患者の8割は喫煙者だそうで、まさに水疱が目立ちはじめた頃、ちょうど訳あって煙草を吸い始めたので、おそらくビンゴだろう。

というか病院行こう

 しばらく様子を見てみようと思って自宅にある塗り薬などで凌いでいたのだが、明らかに日を追うごとに悪化している。さすがにヤバイ。両手指のあちこちに膿のマメできてしまい、箸を握ったり茶碗を持ったりのにも痛みと違和感があったため、たまたま用事もバイトもなくまるっきりの休みだったので慌てて病院に行った。

 行ったのは地元にある皮膚科も片手間にやっているような内科、いわゆる町医者である。受付をして待合室でぼんやりしていると、そう経たないうちに看護師のような助手のような方が問診にやってきた。

 肌荒れがヤバイことと、習慣として洗剤などを扱うことがあることを伝えるとその人はそそくさとすっこんでいき、程なくして私の名前が呼ばれたのだが、いざ診察室に向かうと扉の前に医者が突っ立ってるではないか。何事かと思っていると、なにやら立ったままで処方する塗り薬の説明だけをされたので、診察はマジで1分くらいだった。もはや診察室にも入ってない。

 病名などの説明もされておらず、そのまま処方された塗り薬を受け取り、診察料などを払って病院を後にした。受付から会計まで、この間わずか20分くらいだったと思う。

 あまりにも呆気ない診察だった。これで治るなら何も言わないが……

はやくよくなってくれ

 とりあえず処方された薬をぬりぬりし、申し訳ない程度の対策として綿の手袋をして生活している。現状、ブツブツやマメが潰れた穴から見える血肉など、かなり気持ち悪い絵面になってしまってるのでとりあえずグロくない程度まで良くなってほしい。

 一難去ってまた一難の人生である。

やるべきことは山ほどあるのに

 暇だ、暇すぎる。パソコンの前でそう叫びたい衝動に駆られた私だったが、暇というのは、まるで嘘であった。


私と課題と、それから怠惰

 私は一介の大学生であり、今現在進行形で課題というものに追われている。一つ一つに難易度の違いはあれど、数で言うと10個くらいは残っているんじゃないかと思う。普通に気が狂う。

 自分で言うのも忍びないが、私には計画性というものがてんでない。課題を計画的に進めて期限内に余裕をもって終わらせる、という小学生でもやっていることがどうも苦手なのだ。

 やるべきこととそれに付随した締め切りを前にした私というのは往々にして、まずそれらに手をつける前に、締め切り前の一日二日でどう終わらせるかという修羅場の算段をした。そして、それから無いはずの暇を作り出して悠々自適に過ごした後、徹夜の馬鹿力によってどうにか期限内に形にして納める、というのが常であった。

 これは心身ともに消耗の激しい、限界的な発想と所業である。最近ではもう身体にガタが来ているのか、一晩寝ずに過ごしているだけで全身の倦怠感が以後二日抜けないなんてこともままあって、目に見えて若さが消えていくのすら感じる。

 そして、ろくに寝ずにする作業なんていうのは九割方、まぁろくなものではない。効率は明らかに落ちているし、成果物のクオリティも望めない。前述の通り寿命を削っているような節もあるので、大概メリットの方が少なく、極力避けるべき行いなのだ。

 そんなことは(文字通り)この身をもってして、痛いほどわかっている。やるべきことを、課題を、さっさとやれというのはどこからどうみても、十中八九、正論も正論、大正論である。

 だからといって、すぐこの悪癖が治るかというと、そんな簡単な話ではない。むしろ考えてほしい。二十数年生きてきて治らなかったものが急に治るなんてこと、あるだろうかと。

 私の身体を蝕むのは、いわゆる七つの罪源でいうところの、怠惰だ。というより、私自身が怠惰そのものであり、怠惰の化身なのではないかと最近ではうっすらそう思い始めている。私を評するにも形容するにも、この言葉は欠かせない。怠惰抜きに、私は語れないのだ。

ja.wikipedia.org


それでどうした

 怠惰によくありがちなこと。それはやらなければならないことをほっぽりだして、やらんでいいことを率先してすることだ。部屋の片づけ、凝った料理、ネットサーフィン、Twitter。どれも今やることではないものなのに、ついつい逃避してしまう。

 現に今、なぜか私もこうして筆を執っている。どうして。今まで幾度となく課題という現実から逃避してきた私だが、今回に限っては何故今までやったこともないブログなぞを書いてみようなどと思い至ったのかわからなかった。

 しかし、ここまで無駄にそこそこの文量(当社比)を書いてしまうと、なんだか文章に愛着がわいてしまい、今更なかったことにはできなくなってしまっていた。せっかく浪費した時間の成果なのだと思うと、なんだか消すのが惜しい気がするのだ。

 私は怠惰であり、なおかつ貧乏性だった。

そんなわけで

 私は変なところで妙に楽観的なきらいがある。これもなにかの縁だ。そう思うことにして、心機一転、日々のあれこれでも書いてみることにした。そうすることで明らかに無駄な時間の使い方をしたことから、自分の目を逸らす狙いがあった。

 

さいごに

 五秒で思いついたわりに語感が良かったため、ブログ名は土鍋スタジアムにした。

 そしてどうやら私自身の名前もつけられるらしい。ということでもう数秒考えた後、鍋に入った餅が好きだったことから、餅田と仮に名乗ることにした。

 その旨を最後に書き留めて、明日提出の課題に手を付けようと思う。